すしの魅力とは・・・?

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干物になったエイ君
干物になったエイ君

すしの魅力とは・・・?

干物になったサメ君
干物になったサメ君

なんだろう?

すしを食うことは

以前、dancyuという雑誌にすし特集がありこんなことが書かれていた。
読んだときに感動したので引用させていただく。

鮨を食うことは、ネタを食うことではない。

シャリを食うことでもない。

ネタとシャリが合わさったものを、ただ口に運ぶことでもない。

鮨を食うことは、鮨を握った職人の人となり、生き様、これまで何を考え、思い、それをどう握ってきたのか、そのすべてを食うことである。

目前の皿上に出された一貫の鮨は、その時、一瞬のものでありながら、生きている人の営みという、長い時間の経過が積み重ねられ表れて、いまそこにある。

生涯をかけて握りつづけている職人のかけがえの無さを、心していただくのである。

故に、誰の握る鮨とこれから向き合うのか、その出会いと相性が最も重要である。

同じ店の中でも、すしを握る人によって味が違う。という現象はまさにこれに尽きると思う。
すしの世界は実に奥が深い。
干物になったエイ君
干物になったエイ君

すし=その握り手の人生観を食べるのか!

干物になったサメ君
干物になったサメ君

なんとも奥が深い。

すし職人が握るおすしを食べる機会があったらこの文を思い出し、五感をフルに研ぎ澄まして食べてみるのもいいだろう。
また、いつもと違ったすしの味が楽しめるかもしれない。
すしの魅力・醍醐味。
1.素材を選別し、必要最小限度の仕事を施し、客の目の前で、素早く握る。
「すし種」と「シャリ」「醤油」と「山葵」や「海苔」などを用いて単純明快な組み合わせによって、素材そのものの旨さとは異次元の、全く新たな「握りずし」という旨さの世界を即席に作り出してしまう。

2.すし種を変えてゆくだけで、千変万化の素晴らしい握りずしの旨さを楽しむことができ、少量ずつ、気ままに、数多く食べることができる。

3.個々の食べ手の姿勢と能力次第で、旨くもまずくも簡単に変貌してしまう不思議な世界。

4.職人の個性と人間性、客と職人との相性をも合わせて食べるという、食の世界では他に類のない、きわめて人間関係の濃密な、異端の世界。

5.江戸の食文化と、粋で、いなせで、単純で見栄っ張りで短気、意地と誇りの心意気を持つ、江戸っ子気質を今も色濃く残している。

6.やり過ぎない単純明快な職人仕事による旨さこそが、江戸前ずしの凄さであり、旨さの秘密の全てとなる。客質の高さと、職人たちの切磋琢磨による伝統的な旨さの維持と、新たな旨さの創造と発展は、今も行われている。

 

干物になったカジキ君
干物になったカジキ君

機械で握られたおすしでは味わえない味ですね。

干物になったエイ君
干物になったエイ君

職人の温もりを感じて食べて満足したいですね。

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